「なった。」— 単身赴任の終わりに感じた”人生再構築”と、最後の弁当箱の話

月報
6年間、毎朝「出来た」を積み重ねてきた。最後の日、その言葉が「なった」に変わった。

2026年3月。この月は、6年間の単身赴任生活の「店仕舞い」の月でした。

弁当を作り、段ボールを詰め、ごみを捨て、人に挨拶をし、そして最終出勤日まで弁当を作った。派手なフィナーレはありません。ただ、いつも通りの日々を、一日ずつ畳んでいった。それだけの1ヶ月でした。


【今月のハイライト:「捨てていく」ということ】

3月は「捨てる月」でした。

粗大ごみ、不燃ごみ、プラごみ、資源ごみ。ゴミ出しのスケジュールを睨みながら、6年間で溜まったモノを一つずつ手放していく。冷凍庫の買取に1万円の持ち出し、机と椅子は結局持って帰ることにした。思った通りにはいかない。「すんなりとは何事もいかしてくれない(笑)」。

でも、このひと月で一番重かった「捨てる」は、モノではありませんでした。

「捨てていくものは物だけとちゃうような気がした」

3月8日、最後のストックを作りながら、そう書きました。6年間の孤独も、不安も、「のらりくらり」の処世術も、全部この部屋に置いていく。段ボールに詰められないものほど、手放すのに覚悟がいりました。


【今月の「置き土産」:去る鳥跡を濁さず】

3月の平日は、ほとんどが引継ぎ資料作りに費やされました。

最終出勤日、次に座る人のために机をメラミンスポンジで磨きました。去る鳥跡を濁さず。それが私なりの、最後のけじめでした。


【今月の「旨い」:最後の弁当と、2400円のケーキ】

3月25日。単身赴任最後の弁当。

いつもの場所にモノがなくなった台所で、残り僅かなストックを詰めた。特別なおかずは何一つない。いつも通りの、茶色い弁当。

ただ一つだけ、違ったことがある。

毎日書いてきた「小さな”出来た”の積み重ねが、最大の継続力になる」が、この日だけ「最大の継続力になった」に変わりました。現在進行形が、完了形になった。たった一文字で、6年間の弁当が一つの物語として閉じた瞬間でした。

そして、弁当箱の話。

止めるところが何度も壊れて、そのたびにボンドで修復した弁当箱。最後は弁当バンドで留めて使い続けた。最終日、感謝を込めて綺麗に洗いました。

きっぱりと捨てて帰るつもりでした。でも、心のどこかで「捨ててはダメだ」と囁く声がした。

もう現役は引退させてあげないといけない。でも、いつか笑いながら天井を見つめるとき、間違いなくこの弁当箱のことを思い出すはずだ。

そう思った瞬間、この弁当箱は私にとって棺桶に入れてもらうぐらい価値のあるものだと気づきました。

一方、会社の送別会は一次会でサッと切り上げ、利害関係のない昔からの親友と、銀座で「2400円のケーキセット」を食べながら4時間語り明かしました。普段は300円の自作弁当で日々を重ねる私が、心から笑って払った2400円。

見栄には1円も使わず、魂が喜ぶ「旨い時間」には惜しみなく出す。このメリハリも、6年間の台所が教えてくれたことです。


【今月の「殴り書き」:弁当のない1週間が教えてくれたこと】

「この1週間の生活を続けていたら破綻はまぬがれても人生再構築には程遠いと感じた」 (3月28日、立合い終了後のXポストより)

引っ越し前の最後の1週間、弁当も夜の3手もない生活を送りました。

毎日外食のつもりでしたが、スーパーで割引になってる弁当をついつい買って、封印したはずの台所から、結局フライパンとスプーンを段ボールから引っ張り出して調理してしまう私がいたりしました(笑)。

この1週間で、はっきりわかったことがあります。弁当と夜の3手は、単なる「節約の手段」ではなかった。あれは、私の人生を再構築してくれた「仕組み」そのものだった。毎朝の「出来た!」が自己肯定感を支え、夜の3手は、楽な方向に流れがちな私の弱さを踏みとどまらせる防波堤だった。一度その循環に入ると抜けきれなくなることを、私は身をもって知っている。

それを失った1週間は、まさに「破綻まではしなくとも、再構築には届いてなかったとしみじみ感じた」日々でした。


【今月の「布石」:静かな種まき】

3月1日にKindleで出版した「単身赴任の心得 — 31日の処方箋」。

今月の現実の数字を正直に書きます。購入は自分の1冊のみ。ビューもほぼゼロ。Xのポストも、半年続けて最高で129ビューという結果でした。

でも、3月26日——母の命日であり、引っ越しの前日で、まだ何とかパソコンを使える最後の日。ボンドだらけの弁当箱の写真と共に、初めてKindleの告知をポストしました。

「単身赴任でしんどい人がおったら、覗いてみてな。」

そして3月28日。43ページを最後まで読んでくれた人が、一人、現れました。

数字は小さい。でも、半年前にはブログもKindleもアドセンスも、全部「やったことないもの」でした。それが単身赴任が終わる今、全部「やったもの」になった。見てくれたかどうかやなくて、「出来た」かどうか。弁当と同じ物差しで測れば、この経験は今後の私の人生にとって大きなプラスになるものと確信してます。


【これから(4月へ)】

3月28日、立合いを終え、単身赴任生活が、その幕を閉じました。

がらんとした部屋に置き忘れがないかどうかもう一度だけ見て、踏ん切りを完全につけました。

手提げバッグ1つだけ抱えて、家族がいる我が家へ、そして今日の外食の約束を果たすべく、帰路の列車に乗りこみました。

4月からは、新しい弁当箱で、新しい台所で、「出来た!」を再開します。夜の3手はもう要らない。家族の分も作る台所は、今までより手間がかかる。でも、それが「第二の青春」の台所というもんやろな。

単身赴任が、私の人生を再構築してくれた。ほんまに感謝しかない。

さぁ、次いこか。

コメント