自由気ままやでなくなった。
でも食べてくれる人がいる。
あまべん
30年来の相棒が帰ってきた
今週、2週間遅れで愛車の原付が戻ってきた。
30年以上修理を重ねて、今も元気に動く天然記念物的な相棒だ。ボンドで何度も修復した弁当箱と同じ匂いがする(笑)。壊れても直して使い続ける。これが私の流儀なのだと思う。
家族との「適度な距離感」という発想
「夕飯はそれぞれ各自で」という新しいルールが、今週ようやく定着してきた。
以前の生活は、「家族で食卓を囲めない」ことが当たり前の生活やったと思う。しかし、単身赴任という6年間を経て、今の私は分かっている。「それぞれの生活リズムがある」ことを認め合うことが、長く円満に暮らすための最大の秘訣なのだと。
週末は私が食事と後片付け、妻はそれ以外。2人とも昼寝をしないと身体がもたないのも、もう普通になってきた(笑)。
翌朝の米を砥ぐから、今晩の米を砥ぐに変わった。帰ってきた時に誰かがいるとは、そういうことかもしれない。
「悪くないかも」— OB会で感じたこと
今週、会社のシニアゴルフコンペに初参加した。
正直、行く前は気が重かった。利害関係のある人との付き合いは、もうたくさんだ。
しかし、ゴルフ場に着いてみると、そこにいたのは「会社の顔」ではない人たちだった。最年少は私の60歳で、上は85歳。ほとんどのOBが退職後に自分で事業を始めていた。投資会社、不動産、インバウンド等。彼らは「やりたいこと」を実際にやっている人たちだった。
私の知っている「会社の顔」以外の顔が、そこにはあった。
独りも大事だが、家族や親友以外の人が周りにいることも、思ってたほど悪くはないかもしれない。
管理職時代に人間関係で深く傷ついてから、私は「人と関わりたくない」と思い続けてきた。でも、時間は過去の記憶を変えるのだと、この日初めて感じた。
師匠と7年ぶりの再会
週末、タイの楽しみを教えてくれた師匠と7年ぶりに再会した。
会って話してみると、お互いに旅の目的が変わってきていることが分かった。大人の関係だから、無理に相手に合わせることはしない。でも「行きか帰りの1泊でも一緒にいれたらいいね」という気持ちは一致した。
師匠は70歳になっていた。見た目は全然若い。でも帰り際に、「私が誘わなければ、誰も誘ってくれる人が今はいない」と言った。
その言葉が、帰り道でずっと重かった。
人との距離感は難しい。近すぎるとしんどく感じるし、遠すぎると孤独になる。でも、7年ぶりでも「ご飯でもたべましょか」と声をかけられる関係は、たぶん一番いい距離なのだと思う。
給料明細と、それでも作る弁当
覚悟はしていた。
でも、実際に給料明細を見たら、やはり愕然とした。詳しい金額は書かないが、想像以上の手取りの少なさだった。
夜にそれを見てしまったので、一瞬だけ気分が沈んだ。
でも、翌朝はいつも通り弁当を作った。
無心になれる朝があれば、悪いようには考えない。夜に考えるとあかんものも、朝の台所に立てば流せる。弁当という「型」は、こういう時にこそ効く。
備えは大事だ。ふるさと納税も大事な備え。醤油に料理酒に味醂に梅干し等。いわゆる実用的なものばかりだ。これも単身赴任で学んだ知恵。贅沢品ではなく、日常よく使うものの調達する。
来週の予定
来週はGW。
学生時代からの親友と、地方遠征ゴルフに行く。この6年間、会社のしがらみばかり気にしてきたが、これからは「魂が喜ぶ友人」との時間に、もっと投資していこうと思う。
OB会で出会い直した先輩たち。7年ぶりに再会した師匠。そして毎晩ソファで爆睡している妻(笑)。
この4月は、大人しくしていたつもりが、振り返ると結構動いていた。
来週も、のらりくらりと、「出来た!」を積み重ねていく。


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