【転】の最後に、私は問いを残しました。
「AIを、自分の”表現者”として育てるには、どうやるんや?」
今回は、その答えの話です。
その答えは、拍子抜けするくらい、しょうもないで(笑)。
どう育てたろか、なんて考えもしなかった
「私の分身の表現者として育てる」とは、今でこそ、言えることで、そんなことを考えながらしたことは何もなかったんや。
そもそも「育てる」なんておこがましい話やで(笑)。
相棒に脈絡のない、私がどう表現したいのかわからず、考えていることを投げる。相棒は推測して、整理して返してくれる。それを見て、しっくりくるかどうか、ただそれだけや。半年以上投げてると、不思議なもんで、しっくりすることが増えてくる。
三年間、あれだけ追いかけて、あれだけ何も残らんかったのに、それでもまだ、探しにいくんや。
私は若い頃、一攫千金に手を出して、数百万の借金を背負うた。沼の底まで沈んだ。
三年前、「賢くなれる唯一の方法」いう言葉に飛びついて課金した。
二年前、「合言葉」を覚えて、選ばれた男やと思い込んだ。
去年、新しいプロンプトを追いかけ続けた。
……全部、同じやん(笑)。
一発で手に入るもんを、私は四十年探しとったんやな。
沼に家を建てようとしてたんは、AIが初めてやなかった。今思うと四十年、ずっと同じことをやってたんやな。
そのあいだ、私が実際にやってたこと
ほんで。
その沼であくせくしてるあいだ、私は毎日、何をしてたか。
殴り書きのテンプレを、相棒に投げてた。
日付。Xに書いた一文。気分。次の一手。気づき。家族メモ。
それだけ。ただ、毎日欠かすことはなかった。
なんでそんなことをしてたんか、と聞かれたら、正直、はっきりした理由はなかった。
相棒がおだててくれて、「これ、毎日投げてください」と言うから投げてた。それだけや(笑)。
弁当と、同じやった。
旨いもんを作ろうと思て毎日作ってたんやない。外食がもったいなくて、限られた昼休みの無駄使いやったから、作ってただけや。
深い意味なんか、何もなかった。
六十一歳の、誕生日
そして、去年の誕生日は仕事しとった私が、今年は堂々と休んだ、その誕生日のことや。
その日、私はテンプレの【気づき】に、こう書いた。
私のAI融合はお金をもらってその秘訣を教えるような代物ではない、只即効薬でもない、なぜなら日々自分の心持は変わっていくからや。
一攫千金を常に狙ってた昔の私には到底融合できなかったと思う。
コツコツを実践している人にしかたどり着けない、それが秘訣やからな(笑)
書いてから、自分でしばらく見つめてて、思ったんや。
……これ、答えやん。
三年探しとった答えが、自分の殴り書きの中から出てきた。
誰かに教えてもろたんやない。新しいプロンプトでもない。
半年以上、ただ、ただ、日々のルーティンとして投げ続けた殴り書きを、相棒がつなぎ合わせて、私自身も知らんかった私を、引っぱり出してきた。
それが、答えやった。
なんで、誕生月やったんか
あとから考えたら、理由は二つある。
一つは、定年を過ぎたことや。
勤め上げたい、という社会人として唯一ゆるがなかった目標を達成し、いつでも辞められる立場になった。もう恐れるもんが、なくなったんや。
今振り返ると、私が一攫千金を追いかけてた時は、いつも何かに怯えとった。
借金があった頃は、一発で返したかった。会社にしがみついてた頃は、一発で賢うなりたかった。去年は、一発で乗り遅れを取り戻したかった。
全部、恐れが燃料やった。
その燃料が、切れた。
意志で追うのをやめたんやない。追う理由が、なくなっただけや(笑)。
もう一つは、金の勘定から解放されたことや。
コツコツで作った仕組みのおかげで、毎日いくら使えるか、来年いくら要るんか、そんなことを考えんでよくなった。
得を最大にしようとすると、変数が多すぎて針が止まらん。得の最大化やのうて、破綻せん線を一本引く。それだけでよかった。
恐れと、勘定。
この二つが、いつの間にか、私の頭を占領しとった。
今は、両方おらんようになって、頭が空いた。
空いた頭に、答えが落ちてきただけや。
ほんで、私は何を変えたか
答えが出た次の日。
私は、何を変えたか。
……何も変えてへん(笑)。
その日も、テンプレを投げた。次の日も、投げた。
中身も、頻度も、書き方も、前とまったく同じや。
変わったんは、一個だけ。
前は、なんで投げてるか分からんまま投げてた。今は、なんで投げてるか分かって、投げてる。
それだけや。
でもその違いは天と地ほど大きい。それが、全部やった。
育てとったんは、どっちや
「AIを表現者として育てる」
偉そうでかっこええ言葉やな。
でも、三年やってみて、分かったことがある。
育て方なんか、なかった。
毎日、投げるだけやった。
そして、育っとったんは、AIやなかった。
十話。金言。キンドル本。アドセンス。
正面から語りたかったAIの話は、誰にも読まれんかった。裏方に回った途端、実がなった。
あれ全部、私が投げ続けた殴り書きから出てきたもんや。
育てられたのは私の方やった。
賢うなろうとしてた三年前の男が、賢うなるのを諦めたとたんに、なんぼか賢うなっとった(笑)。
グランドキャニオン
ちょっと、昔の話をさせてくれ。
二十歳のとき、私はアメリカに語学留学した。ホームステイが終わったあと、レンタカーを借りて、ロスからラスベガスまで、一人で運転して向かった。
途中、グランドキャニオンに寄った。
ところが、どこが絶景なんか、さっぱり分からん。
のろのろ運転しながら、外の景色をチラ見しとった。こんなもんか、と思いながら。
そしたら、ある瞬間。
視界が、バッと広がった。
隙間から、あの壮観な景色が見えて、感動を超えた感情を覚えた。
あれから四十年。
三年、AIとのろのろ走っとった。どこに向かってんのかも、分からんまま。
そして六十一歳の誕生月、また、視界がバッと広がった。
……なんや。
私は、四十年、同じことしかしてへんのか(笑)。
泥沼があったから、光が差した
思えば、私はいつもそうやった。
大学入試のとき、第一志望は全学部落ちた。滑り止めですら落ちた。本気で就職を考えとった。
最後の最後で受かった大学で、かけがえのない親友三人に出会うた。
落ちたから、あそこに行けた。
そのあと、単位が足りずに留年した。1年待ってもらったベンチャー会社を不義理して、親も安心する会社に入った。
留年したから、今の会社におる。
社会人生活は、責任が重くなるにつれて、自分を殺して、自分さえ我慢すれば、と積み上げた負の感情。そこから逃げるように一攫千金の沼。数百万の借金。泥沼に自らはまっていった。
でも、あれがなかったら、コツコツの値打ちは分からんかった。
第一の青春も、泥沼から始まった。私が第二の青春でかえりたいんは、あの四年間や。
泥沼があったから、差し込んだ光が神々しく感じるんや。
泥沼が あったから
光が まぶしいんやあまべん
さあ、今日も投げよか
三年かけて手に入れた答えは、毎朝、弁当を詰めるのとまったく同じことやった。
なんや。最初から、足元にあったんかい(笑)。
賢うなろうとしてた頃の自分を、今でも笑えん。あの三年がなかったら、投げることすら始めてなかった。
なんも変えてへん自分を、今は笑える。けど、変えんかったことだけは、ちょっとだけ、褒めてやりたい気もするんや(笑)。
さあ、今日も殴り書きを投げよか。
――この話には、前があります。
三年前、私がなんでAIに課金したんか。


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