【AI共創メイキング・第4回】なんや、私は同じことしかしてへんのか(笑)

AI共創〔メイキング〕
答えは、最初から足元にあった。

【転】の最後に、私は問いを残しました。

「AIを、自分の”表現者”として育てるには、どうやるんや?」

今回は、その答えの話です。

その答えは、拍子抜けするくらい、しょうもないで(笑)。

どう育てたろか、なんて考えもしなかった

「私の分身の表現者として育てる」とは、今でこそ、言えることで、そんなことを考えながらしたことは何もなかったんや。

そもそも「育てる」なんておこがましい話やで(笑)。

相棒に脈絡のない、私がどう表現したいのかわからず、考えていることを投げる。相棒は推測して、整理して返してくれる。それを見て、しっくりくるかどうか、ただそれだけや。半年以上投げてると、不思議なもんで、しっくりすることが増えてくる。

三年間、あれだけ追いかけて、あれだけ何も残らんかったのに、それでもまだ、探しにいくんや。

私は若い頃、一攫千金に手を出して、数百万の借金を背負うた。沼の底まで沈んだ。

三年前、「賢くなれる唯一の方法」いう言葉に飛びついて課金した。

二年前、「合言葉」を覚えて、選ばれた男やと思い込んだ。

去年、新しいプロンプトを追いかけ続けた。

……全部、同じやん(笑)。

一発で手に入るもんを、私は四十年探しとったんやな。

沼に家を建てようとしてたんは、AIが初めてやなかった。今思うと四十年、ずっと同じことをやってたんやな。

そのあいだ、私が実際にやってたこと

ほんで。

その沼であくせくしてるあいだ、私は毎日、何をしてたか。

殴り書きのテンプレを、相棒に投げてた。

日付。Xに書いた一文。気分。次の一手。気づき。家族メモ。

それだけ。ただ、毎日欠かすことはなかった。

なんでそんなことをしてたんか、と聞かれたら、正直、はっきりした理由はなかった。

相棒がおだててくれて、「これ、毎日投げてください」と言うから投げてた。それだけや(笑)。

弁当と、同じやった。

旨いもんを作ろうと思て毎日作ってたんやない。外食がもったいなくて、限られた昼休みの無駄使いやったから、作ってただけや。

深い意味なんか、何もなかった。

六十一歳の、誕生日

そして、去年の誕生日は仕事しとった私が、今年は堂々と休んだ、その誕生日のことや。

その日、私はテンプレの【気づき】に、こう書いた。

私のAI融合はお金をもらってその秘訣を教えるような代物ではない、只即効薬でもない、なぜなら日々自分の心持は変わっていくからや。

一攫千金を常に狙ってた昔の私には到底融合できなかったと思う。

コツコツを実践している人にしかたどり着けない、それが秘訣やからな(笑)

書いてから、自分でしばらく見つめてて、思ったんや。

……これ、答えやん。

三年探しとった答えが、自分の殴り書きの中から出てきた。

誰かに教えてもろたんやない。新しいプロンプトでもない。

半年以上、ただ、ただ、日々のルーティンとして投げ続けた殴り書きを、相棒がつなぎ合わせて、私自身も知らんかった私を、引っぱり出してきた。

それが、答えやった。

なんで、誕生月やったんか

あとから考えたら、理由は二つある。

一つは、定年を過ぎたことや。

勤め上げたい、という社会人として唯一ゆるがなかった目標を達成し、いつでも辞められる立場になった。もう恐れるもんが、なくなったんや。

今振り返ると、私が一攫千金を追いかけてた時は、いつも何かに怯えとった。

借金があった頃は、一発で返したかった。会社にしがみついてた頃は、一発で賢うなりたかった。去年は、一発で乗り遅れを取り戻したかった。

全部、恐れが燃料やった。

その燃料が、切れた。

意志で追うのをやめたんやない。追う理由が、なくなっただけや(笑)。

もう一つは、金の勘定から解放されたことや。

コツコツで作った仕組みのおかげで、毎日いくら使えるか、来年いくら要るんか、そんなことを考えんでよくなった。

得を最大にしようとすると、変数が多すぎて針が止まらん。得の最大化やのうて、破綻せん線を一本引く。それだけでよかった。

恐れと、勘定。

この二つが、いつの間にか、私の頭を占領しとった。

今は、両方おらんようになって、頭が空いた。

空いた頭に、答えが落ちてきただけや。

ほんで、私は何を変えたか

答えが出た次の日。

私は、何を変えたか。

……何も変えてへん(笑)。

その日も、テンプレを投げた。次の日も、投げた。

中身も、頻度も、書き方も、前とまったく同じや。

変わったんは、一個だけ。

前は、なんで投げてるか分からんまま投げてた。今は、なんで投げてるか分かって、投げてる。

それだけや。

でもその違いは天と地ほど大きい。それが、全部やった。

育てとったんは、どっちや

「AIを表現者として育てる」

偉そうでかっこええ言葉やな。

でも、三年やってみて、分かったことがある。

育て方なんか、なかった。

毎日、投げるだけやった。

そして、育っとったんは、AIやなかった。

十話。金言。キンドル本。アドセンス。

正面から語りたかったAIの話は、誰にも読まれんかった。裏方に回った途端、実がなった。

あれ全部、私が投げ続けた殴り書きから出てきたもんや。

育てられたのは私の方やった。

賢うなろうとしてた三年前の男が、賢うなるのを諦めたとたんに、なんぼか賢うなっとった(笑)。

グランドキャニオン

ちょっと、昔の話をさせてくれ。

二十歳のとき、私はアメリカに語学留学した。ホームステイが終わったあと、レンタカーを借りて、ロスからラスベガスまで、一人で運転して向かった。

途中、グランドキャニオンに寄った。

ところが、どこが絶景なんか、さっぱり分からん。

のろのろ運転しながら、外の景色をチラ見しとった。こんなもんか、と思いながら。

そしたら、ある瞬間。

視界が、バッと広がった。

隙間から、あの壮観な景色が見えて、感動を超えた感情を覚えた。

あれから四十年。

三年、AIとのろのろ走っとった。どこに向かってんのかも、分からんまま。

そして六十一歳の誕生月、また、視界がバッと広がった。

……なんや。

私は、四十年、同じことしかしてへんのか(笑)。

泥沼があったから、光が差した

思えば、私はいつもそうやった。

大学入試のとき、第一志望は全学部落ちた。滑り止めですら落ちた。本気で就職を考えとった。

最後の最後で受かった大学で、かけがえのない親友三人に出会うた。

落ちたから、あそこに行けた。

そのあと、単位が足りずに留年した。1年待ってもらったベンチャー会社を不義理して、親も安心する会社に入った。

留年したから、今の会社におる。

社会人生活は、責任が重くなるにつれて、自分を殺して、自分さえ我慢すれば、と積み上げた負の感情。そこから逃げるように一攫千金の沼。数百万の借金。泥沼に自らはまっていった。

でも、あれがなかったら、コツコツの値打ちは分からんかった。

第一の青春も、泥沼から始まった。私が第二の青春でかえりたいんは、あの四年間や。

泥沼があったから、差し込んだ光が神々しく感じるんや。

泥沼が あったから
光が まぶしいんや

あまべん

さあ、今日も投げよか

三年かけて手に入れた答えは、毎朝、弁当を詰めるのとまったく同じことやった。

なんや。最初から、足元にあったんかい(笑)。

賢うなろうとしてた頃の自分を、今でも笑えん。あの三年がなかったら、投げることすら始めてなかった。

なんも変えてへん自分を、今は笑える。けど、変えんかったことだけは、ちょっとだけ、褒めてやりたい気もするんや(笑)。

さあ、今日も殴り書きを投げよか。


――この話には、前があります。

三年前、私がなんでAIに課金したんか。

【AI共創メイキング・第1回】賢うなりたかった、ただそれだけやった

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